Shibata-urushi-kobou
柴田明
木工旋盤に木片をセットし、高速で回転させる。刃を当てると、ジジジ、ジジジと大きな音を立てながら、みるみるとかたちを変えていく。部屋は木屑で埋まっていった。
作業をしていたのは「柴田漆工房」の2代目、柴田明。漆工を営む家の三男として生まれ育ち、二十七歳の時、父に弟子入り。現在は父子二人で工房を切り盛りしている。
しかし、柴田が手がけるのは漆工だけでない。「erakko by 柴田漆工房」の名で木工ブランドを立ち上げ、原材料の仕入れから、形成、漆塗りまで一貫して行っている。元来、伝統工芸は分業が多く、漆もその一つとして守り継がれてきた。すべての工程を一人で完結させる柴田のものづくりは、これまでの工芸のあり方とは異なるともいえる。その上、木工に関することはすべて独学。道具や知識は、インターネットから仕入れた。「始めた頃は機械を使うのも怖くて。どこかで教えてもらえば早く習得できたかもしれないけど、結局自分の手で感覚をつかんでいくしかないんですよね」。
もともと柴田に家業を継ぐ気持ちはなく、大学卒業後はメーカーに勤めた。後のものづくりに影響を与える、分業による製造の弱さをそこで目の当たりにした。何より学生時代から感じてきた、生きづらさが、未来を動かすことになった。
「自分は他人の目を気にしすぎていたんです。コップの底に穴が開いているようで、自分で満たすこともできない。他人から“満足感”を入れてもらえないと不安で」
思い悩んでいた時に背中を押したのが、自転車で旅をした人の本だった。柴田も思い切って会社を辞め、自転車で日本を一周することに決める。社会に属していない後ろめたさや不安がつきまとう、孤独な旅の始まりだった。それでも毎日ペダルをこぎ、日が沈むとテントを張って野宿する。自然のサイクルに合わせた生活が気持ちよく「今、最高に人生が楽しい」と感じるようになった。多くの人にも、そんな時間が訪れて欲しい。そんな思いを伝える方法として、ものづくりができるのではないかと気がついたのだ。
柴田が今後つくろうとしているのは、ゴツゴツとした質感になるよう面取られた器や、大胆に漆を施した器たち。わずかな傷も許さない従来の漆器の美学から見ると正反対だが、あえて綺麗すぎないことを意識しているという。
「傷一つでもつくと『ダメだ』と感じてしまうのが、現代の人生みたいな気がするんです。傷があったとしてもいいし、それも味だと思えるような人生のほうが楽しい。そういう気持ちを製品に込められたらいいなと思っているんです」
そもそも漆は木々から採れる天然の塗料であり、人々の営みの中で育まれてきた。柴田は漆工の伝統的な枠を外しながらも、自然から生まれた漆の良さを生かし、伝える原始的なものづくりを目指している。
ブランド名の「erakko」には、フィンランド語で「仙人」や「世捨て人」という意味がある。「不安を超えた先にある、自分自身の人生の楽しみ。肩書きがなくてもいい」。柴田の器は、そんなことを語りかけてくるようである。
erakko by 柴田漆工房
Shibata-urushi-kobou
◉柴田 明(しばた・あきら)
大学卒業後、企業への就職と自転車での日本一周旅を経て、「柴田漆工房」の2代目となる。父とともに漆工を手がける傍ら、2017年に木工ブランド「erakko」を立ち上げ。“アウトドアで使う漆器”として第一弾の「おとも碗」を製造した。さらに自然と一体化した制作を目指し、南丹に工房を開設予定。