Nakamura-rousoku
和蝋燭-京都
伏見区竹田にある「中村ローソク」は、創業1887(明治20)年より、和蝋燭(わろうそく)をつくり続けている。工程はすべて手作業だ。まずは、紙にい草の髄を巻きつけた灯芯を木型に入れ、櫨(はぜ)の実からできた蝋を流し込む。土台となる形ができあがると、職人の手によって、上掛け用の蝋が擦り付けられる。「清浄生掛け」と称されるこの作業は、蝋燭の大きさや太さを整える要でもある。
工房では4代目の、田川広一が熟練した手捌きで蝋を塗り込んでいた。「左手、すごい綺麗でしょう」と、いつも蝋を取る方の手を見せた。シミひとつなく、すべすべとしている。
「この蝋の中に入っているのは、櫨の実だけ。櫨は、鬢付け油の原料にもなっていたので、昔の日本ではよく使われていた素材なんですよ。うちの和蝋燭には、染料も顔料も一切入ってない。天然素材100%です」
和蝋燭は余分な添加物がないため、自然に還ることもできる。残った蝋燭でつくり直すこともできれば、自然の中に置かれても決して環境を侵すことがない。和蝋燭は“循環”の中でつくられているのだ。
蝋燭は奈良時代に仏教とともに日本に伝わったとされる仏事に欠かせないものである。中でも和蝋燭は法要中に火が消えないように芯を太くするなど、工夫がこらされてきた。液だれがしづらく、ススも少ないのも特徴だ。空間や文化財を損なうことなく使え、日本の木造建築や生活様式に適した存在なのである。また京都では、お茶屋などの照明としても使われてきた。それゆえの文化や美学も残っている。
「芸舞妓さんが顔を白塗りするのは、この和蝋燭の灯りの中で舞うからなんですよね。ほのかな灯りが肌に馴染んで、映えて見えるんですよ」
しかし現代では洋ローソクが主流となっている。洋ローソクは石油から採れるパラフィンを原料とし、機械による大量生産がしやすく、安価だ。人々の日常はおろか、寺社においても洋ローソクが使われる場面が多くなったという。そもそも和蝋燭について知らない人が増えた中、跡を継いだ田川は、和蝋燭の魅力を伝えていきたいと考えている。
需要が減っていく中では、単価を上げ、“伝統工芸品”として発信していくことできる。しかし田川は、そうしたやり方をしたくないと話す。
「やっぱり“消耗品”として残していきたいんです。日常の中で使ってほしい。今、職人の数も減っているので、いきなり全員が日常で使うとなると足らないけど、日本文化を発信する時だけでもいいから、使ってほしいんですよね」
例えば、重要文化財を和蝋燭の灯りで眺めてみる。昔の人々がどんな空間で、掛け軸や彫刻を眺めていたのかを体験することで、真の日本文化の魅力に触れることができるのではないだろうか。「バーで十分間和蝋燭を灯してみるだけでも、ガラッと雰囲気が変わりますよ。日常の中でも使ってみたら、洋ローソクとの違いが感じられると思います」と、田川は自信をもって言う。
和蝋燭に火をつけると、オレンジ色の大きな炎がゆらめく。神秘的な煌めきに心が癒されるようだ。和蝋燭は、ほかにない安らぎを与えてくれることだろう。
中村ローソク
Nakamura-rousoku
◉田川 広一(たがわ・ひろかず)
中村ローソク4代目。先代の娘である妻との結婚を機に、和蝋燭職人の道へ。日本各地に残る和蝋燭の工房も訪ねながら、職人としての技術を磨く。“和繋ぎびと”として和蝋燭の魅力を伝えており、新たな製品開発や和蝋燭の灯りによるライトアップの企画や、SNS発信なども積極的に行っている。
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