Kyotonishijin-fukuoka
福岡裕典
耳を澄ますと、路地の奥から「カシャンカシャン」という機織りの音が聞こえる京都・西陣エリア。今から120年前、1902(明治35)年に創業した「京都西陣ふくおか」の初代当主・福岡金次郎は、大正時代に西陣ではじめて西陣織を織るジャカード織機を導入した。織機の導入により西陣では生産性が格段に向上し、西陣織は日本有数の高級織物として今日でも名を馳せている。
西陣織は作業工程ごとに各職人が分業して仕上げることが多いが、京都西陣ふくおかでは、織物のデザイン、糸染め、織りを一貫して制作している。平安時代以降の公家階級の装束、調度品、建築などの装飾に用いられた伝統的な文様である「有職文様」の十二単や几帳、有職文様をアレンジした帯などを手掛けている。また、有職文様のクッションなど、現代の生活空間にあったインテリアやプロダクトも展開している。受注生産も請け負っており、個人客が希望の色やデザインの帯や着物を特別注文することも可能だ。
特筆すべきは、絹以外の織物を手掛け、着物や帯以外に加え多種多様なプロダクトを世に生み出し、グローバルに展開しているところだ。
当代である4代目・福岡裕典は新たな取り組みをすべく、阪神淡路大震災の補修工事でカーボンファイバーが使用されていたことに着目し、織機を改造してカーボンファイバーの織物を開発した。カーボンファイバーは引っ張りには強いが、折れや擦れに弱く、織機に掛けた際、毛羽立ち、綺麗な織物を織ることができなかった。そこで独自のノウハウで織機を改造し、綺麗な織物を開発した。しかし開発に5年の歳月がかかり、その頃には補修工事用途での活用はできなかったため、研究者と協働しカーボンファイバーの織物で湖の水を活性化する試みに挑んだ。その後、「繊細な織り文様を生み出し人を美しくしたい」という原点に立ち返り、意匠性を兼ね備えたプロダクトの開発に新たに乗り出した。そうして生まれたカーボンファイバー製の女性用ビジネスバッグが好評を博し、さまざまな業種とコラボレーションすることに。現在ではスーツケース、自動車のインパネ、ロードバイクのボディー、釣竿の持ち手など、多様な用途にカーボンファイバーの織物が使用されている。
5年前から、ペットボトルを再生したリサイクルペット繊維の織物を開発。化粧品メーカーのポーチや、ヴィヴィアン・ウエストウッドの服の生地としても使用されている。現在はメーカーから糸を取り寄せているが、「最終目標としては、観光地である京都で出たペットボトルを京都で糸に加工して、京都・西陣で織物にして、高級なものづくりとして世界に発信していきたいんです。現在、行政や大学と一緒に考案しているところです」と福岡は語る。
京都西陣ふくおかのテーマであり、福岡裕典のテーマが「人材育成」と「京都産業の活性化」だ。
「京都はものづくりの都市。伝統産業がたくさんあり、何としても残していきたいという思いがあります。また素晴らしいベンチャー企業も多くあるので、伝統産業と一緒に世界に向けて発信していきたい」
若手の育成にも力を入れており、「何がいちばん大事かというと、職人をどう守り育てていくか、若い人にどうやってものづくりの楽しさを伝えていくか、ということ。流通システムを見直し、新たな取り組みに挑むことによって業界全体が利益を上げ、職人の工賃を上げ、職人の生活を守れるような仕組みづくりをしていけるように努めています。染織の技術を守り、次の世代にものづくりを継承していきたい」と福岡は語る。カーボンファイバーや再生繊維織物に取り組むのも、人口減少に伴い業界全体の受注が減っても職人の手が止まることがないように、技術が途絶えることがないように、という思いからだ。
工房では20代の職人と勤続50年以上のベテラン職人が福岡に要所々々を確認しながら、一糸一糸丁寧にジャガード機で帯を織っていた。千年以上続く文様の織物から再生織物まで、伝統と革新のものづくりは脈々と続き、新たな歴史が織られていく。
京都西陣 ふくおか
Kyotonishijin-fukuoka
◉京都西陣 ふくおか
1902年、京都・西陣に初代が福岡金次郎商店を創業。主に洋服の生地を製造、輸出する。1946年に法人化し、西陣機業株式会社設立。主にネクタイやマフラーなどを製造する。1975年帯生地を生産。1996年有限会社フクオカ機業に改組。
◉福岡 裕典(ふくおか・ひろのり)
伝統工芸士。有限会社フクオカ機業代表取締役。1970年京都市生まれ。幼小期、学校から織場に直接帰り、製織の手伝いをする。有職織物無形文化財保持者の下で織物と色彩の勉強をする。日本伝統工芸展近畿展にて自身が制作した作品「有職唐花筥形」が入選。